authorized by 浅倉喜織

あなたになりたい

お揃いが好きな子っていつの時代もいますよね、特に女の子だと。私の近くにもいましたよ。ただ、その子は“普通のお揃い好き”ではありませんでした。
 子供の頃は良かったんですけど、今は彼女のことを“お揃い好きな子”とは思えません。
 あの子は……私から見れば、ただの狂人です。

 その子の名前はハルちゃんといい、私とは幼稚園の頃からの付き合いでした。年少の頃の記憶はないんですが、年中さんになった頃から私はハルちゃんとよく遊んでいました。どっちから誘ったのかは曖昧ですが、ハルちゃんは私にいつもくっついてました。
 砂場で遊ぶ時も、積み木を使って遊ぶ時も、ままごとする時も……いつも一緒。
 それを別に嫌だと思いませんでした。彼女はいつも、私と同じ遊びをしたがりましたので喧嘩になることもなかったんです。
 私が砂場でお城を作ると、彼女もお城を作りました。
 お絵かきでうさぎさんを描くと、彼女もうさぎさんを描きました
 ハルちゃんはよく、私と同じ物を持って幼稚園に来ていました。手を拭くためのタオルや、麦茶を飲むプラスチックのコップ。スプーンやフォークまで。私の好きなキャラクターのものをハルちゃんも持って来ていたんです。

「ほら、カオリちゃんとお揃い」

 そう言ってハルちゃんは嬉しそうに私にそれを見せるのです。当時の私は「わあ、お揃いだね!」と喜んでいました。
 しかしそれは、小学校に入るとエスカレートしていきました。

 小学校に入り、偶然私たちは同じクラスになることが多く、自然と一緒に居る時間が長くなりました。ハルちゃんは相変わらず私にべったりで、鉛筆や消しゴムまで私とお揃いにしていました。幼稚園の頃まではお揃いにすることを楽しんでいましたが、この頃にはハルちゃんのお揃い好きが少しだけ煩わしく思っていました。
 だからと言って、それを彼女に言う勇気はありません。ハルちゃん自身は楽しんでいるし、私にそれをとやかく言う権利はないのですから。
 それでも、なんだか心にモヤモヤとしたものがずっとありました。
 ハルちゃんへの違和感を心に抱いたまま、私たちは小学校を卒業し地元の市立中学に入学しました。

 中学校では、私とハルちゃんは別のクラスです。入学してすぐに、私は剣道部に入りました。中学校に行ったら絶対に剣道部に入ると決めていましたので、入学式の翌日に入部届を出しました。三年生の部長と顧問が私の髪型を見て言いました。

「結構髪長いね。無理にとは言わないけど、ショートの方が防具被った時に楽だよ」

 部長にそう言われて、私はその週の土曜日にすぐ髪をバッサリ切りました。長い髪に未練はありませんでしたし、邪魔になるくらいなら切ってしまえと思ったんです。
 月曜日になり学校に行くと、階段で偶然ハルちゃんと会いました。彼女は私の髪を見て驚きました。

「ど、どうしたの?その髪。男の子みたいだよ」
「剣道部入ったからバッサリやっちゃった。邪魔になるし、スッキリして良いからさ」

 彼女は目を泳がせて黙りました。驚いているのは理解できたのですが、そんな大袈裟に驚かなくても……とかえって私の方が戸惑ってしまうくらいの反応で、適当に話を切り上げて教室に入りました。
 その翌日の放課後。剣道部の練習場の武道館に行くと、ハルちゃんが部長と話をしていました。なんでここにハルちゃんが……?と思ったのと同時に、私は彼女の風貌に驚きました。

 私と同じくらい長かった黒髪を、彼女は私と同じようにバッサリと切り、少年のようなショートヘアーにしていたのです。

 後ろから見れば、私と同じ……そんな髪型になったハルちゃんを、私は呆然と見つめていました。
 私の存在に気付いたハルちゃんは、こちらに歩み寄ってニコニコと笑いました。彼女に問いかける言葉は、決まっていました。

「ハルちゃん、どうしたの?その髪」
「あぁ、これ?カオリちゃんが髪を切ったから、私も切ったの」

 何気ない言葉なのに、ぞくりと冷たいものが走りました。そしてハルちゃんは言いました。「私も剣道部に入るね」と。
 運動が苦手なハルちゃんには不向きな部活なのに、なぜわざわざ……と不思議に思うのと同時に、私はなんとなく彼女が不気味に思えました。

 どうしてそこまでして、私とお揃いにするんだろう……。

 それから私は、ハルちゃんに対して少しだけ苦手意識を持つようになりました。この子とずっと一緒にいるのは、きっと良くない……本能的な何かが私に囁いていました。

月日が流れ私もハルちゃんも受験生になりました。ハルちゃんは剣道着から制服に着替えながらこう言いました。

「カオリちゃん、どこの高校に行くの?」

 私はなんて答えようか困りました。この中学校生活で、私はハルちゃんへの煩わしさが大きくなっていたのです。
 昔と変わらず私と同じ物を持ち、同じ部活に入り、私と同じ髪型にし……。彼女は何もかもを私と同じにしていました。
 もしかしたら、高校も同じところに行きたがるかも……。そんな疑いすら持っていました。

「まだ考え中。ハルちゃんは決めてるの?」
「私は……カオリちゃんと同じところがいいな。同じがいい」

 ほら、やっぱり……。無意識のうちに溜め息を吐いてしまった私は、これは言うしかないと覚悟を決めました。剣道着をバッグに押し込んだ私は「あのさぁ、ハルちゃん」と低く言いました。

「前から思ってたんだけど、なんでハルちゃんは私と同じにしたがるの?自分で決めなよ。小物まで同じにして、髪型まで同じにして。私そういうの、ちょっと嫌なんだよね。なんでそんなことしてんの?」

 苛立ちを隠しきれず、棘のある言い方になってしまいました。それなのにハルちゃんは驚くことも傷付いた様子も見せず、いつものように私を見つめて笑っていました。
 それがかえって、私の目には不気味に映りました。

「だって、私はカオリちゃんになりたいんだもん」

 予想していなかった回答に、私の方が戸惑いました。彼女の言葉が理解できず、思わず「え?何それ」と聞き返すと、ハルちゃんはさらに言葉を続けました。

「私はカオリちゃんが大好きだから、カオリちゃんになりたいの」
「何、それ……私みたいになりたいってこと?」
「ううん、違うよ。“みたいに”じゃないの。カオリちゃん“そのものに”なりたいの」

 私の理解が追い付かない言葉の数々。私“そのもの”になりたいとは、どういうこと?それは単純な私の“真似っこ”ではない。芸能人に憧れて「かっこいいな、こんな風になりたいな」という、若者にありがちな変身願望や憧れではないことは、彼女の様子からなんとか察することができました。
 しかし、そこで一つの疑問が浮かびます……。

“ハルちゃんは何故、私になりたいのか”です。

 私はどこにでもいる平均的な女子中学生です。何故、私に……?

「私なんかになってどうしたいの?なんで私なの?」

 そう問いかけると、ハルちゃんは嬉しそうに笑いました。

「だって、私はカオリちゃんが大好きだから、大好きな子と同じ人間になりたいと思うのは当然でしょ?」

 それが普通のことなのか、私にはよく分かりませんでした。私にはハルちゃんが、ただの幼馴染の女の子ではなく“ただの狂人”としか映りませんでした。
 これが所謂、“狂人には狂人の理屈がある”ということなのかもしれない……その理屈をしっかり理解することなど、常人の私には不可能なことでした。
 剣道着の詰まったバッグを持ち、私は逃げるように武道館を出ました。もうあの子とは関わらないようにしよう、高校もこっそり決めて進学してしまおう。そう心に誓ったのです。

 しかし、それは出来ませんでした。志望校に入学したその翌日。クラス決めが貼り出された昇降口で、私は呆然としました。
 三つに分かれたクラスのうち一つに、ハルちゃんの名前を見つけたのです。私は彼女に志望校を言いませんでした。先生にも親にも内緒にしてと口止めしていました。
 なのに、なぜこの高校に彼女がいるのか……。もしかしたら学校に書類を持って行った時、こっそり彼女が私の鞄を見たのではないか?そんな疑念すら起きました。
 立ち尽くしていると、どこからか私を見つめる視線を感じ辺りを渡しました。人混みの中に、見知った姿を見つけました。

 ハルちゃんが、下駄箱から私を見つめて微笑んでいました。
 私と同じ制服、同じ靴、同じバッグ、同じ髪型……すべてが私のコピーのようでした。

 まだ彼女は私“そのもの”になりたいと思っている。その現実にこれまでにない恐怖を覚え、暗澹たる気持ちのまま学校生活がスタートしました。

 ハルちゃんとは関わらない……高校生活で私が徹底したことはその一点でした。
 まず部活に入らない。本当は剣道部に入りたかったのですが、私が入れば絶対にハルちゃんも入部すると思った私は、敢えて剣道を辞めました。
 そして同じクラスになったからと言って、必要以上に話しかけない。話しかけられても基本的に返事をしない。これは意外なほど上手くいきました。彼女はあまり私にべったりまとわりつかなくなったのです。私への執着が消えたのか、他にも友達ができたのか……最初はそう思っていましたが、実際はそうではありません。もっと不気味なものが待ち受けていました。

 高校でハルちゃんが仲良くなった子たちは、私と仲の良い子と似たような子たちばかりだったのです。

 バレー部の子、アイドルが大好きな子、ファミレスでアルバイトをしている子、両親がお店をやっている子……。

 私の友達の“属性”をそのままコピーした交友関係をハルちゃんは築いていました。
 そして私に彼氏が出来ると、ハルちゃんも次の週に彼氏を作りました。その彼氏というのが、“名字はタカハシ”で“野球部”で“映画好き”。
 私の彼氏と、共通点が多い男子を彼氏にしていたんです。

 ハルちゃんは私自身だけでなく、私の人生そのものを真似している。いいえ、私の人生を歩もうとしている。

 そう感じた私は、高校を卒業したら県外の大学に行くことを決意しました。こうなったら物理的に彼女から離れるしかありません。
 大学受験は高校受験の時より情報が漏れないよう徹底しました。そして無事に合格した私は、限られた友人にだけ大学と連絡先を教えて住み慣れた故郷を去りました。

 それから数年は怖いくらい穏やかに過ごせました。新しい土地で新しい人間関係を築き、ハルちゃんの存在に怯えることなく暮らせましたから。
 大学を卒業して食品メーカーに就職し、職場で出会った男性と結婚しました。その後女の子を出産し注文住宅でマイホームを建て、順風満帆を絵に描いたような人生に幸せを感じていました。可愛い娘と優しい夫との生活で、ハルちゃんのことも忘れかけていたある日……高校時代の友人から突然連絡が来ました。
 友人とは私の結婚式で会った時以来でしたので驚きましたが、彼女はどうしても私に連絡を取りたかったようで、少し暗い声で言いました。

「いきなり電話でこんなこと言うのも変かもしれないけど……あんたのとこにハルちゃん来たりしてない?」

 電話口でハルちゃんの名前を聞いた瞬間、私の体が強張りました。

「え?全然、来てないけど……どうしたの?急に」
「私はあの子と仲良くしてなかったけど、地元が一緒だから。色々小耳に挟むこと多いのよ。あの子いつもあんたの真似してたじゃん?あんたには言わないでおこうと思ってたけど、最近聞いた話がひどくて……そっちに突撃してないか心配になったの」

 心臓が鷲掴みにされたような息苦しさを覚え、私は震える声で「何かあったの?」と聞き返しました。
 友人はぽつりぽつりと語り出しました。

 ハルちゃんは私が故郷を出た後、地元の大学の文学部に進学しました。しかし彼女はすぐに通わなくなり数年後に食品メーカーに就職しました。やがて職場結婚し妊娠しましたが……生まれたのは男の子。彼女は荒れに荒れて何度か騒ぎを起こすこともあったそうです。

 その話を聞き、私の中の恐怖は肥大化していきました。
 ハルちゃんはまたも私と同じ道筋を歩んでいる……どこで知ったんだろう、どうやって調べたんだろう。もしかして私が気付いていないだけで、彼女は私の近くにいたのかもしれない。
 しかし、唯一違う点は産んだのが“女の子”か“男の子”ということ。もしハルちゃんがそこまで私をコピーしようとしていたのなら……それはとても恐ろしいことです。

 あの子なんか怖いから気を付けてね、と友人は言って電話を切りました。
 そして数年後、私は外せない用事があり娘を連れて地元に帰りました。私の父が亡くなったのです。

 ずっと近寄らないようにしていた地元に帰った私は、実家がある住宅街の中で“見知った建物”を見つけて驚きました。
 それは、遠く離れた地にある私の家とそっくりそのまま、同じ造りの戸建て物件でした。

 表札には“マツダ”とあります。私と同じ名字です。
 この家は間違いなく、ハルちゃんが住んでいる……そう感じました。あの子は注文住宅で建てた私の家までコピーしたのです。恐ろしさで足がすくみました。
 そして娘と二人で呆然としていると、中から一人の女性が現れました。ドアを開けて出て来たのは……私と似たような服を着て、私と同じ髪型をして、私と同じメイクをした女性……ハルちゃんでした。

「わぁ、お久し振り。カオリちゃん」

 柔らかく笑う彼女の目は、とても理性ある人間とは思えない光がありました。

「地元に帰って来るなんて珍しいね」
「うん、ちょっと……父が亡くなったから」
「え?お父さん、亡くなったの?そっか、亡くなったんだ……」

 ふと開きっぱなしの玄関へと目を向けると、子供が立っていました。髪の長い、女の子の格好をした男の子でした。それを見た瞬間、本当にハルちゃんは狂人なのだと分かりました。
 私と同じ女の子を出産できなかったハルちゃんは、産んだ男の子を“女の子”として育てている……私と同じになるために。

「ハルちゃん、まだ私の真似をしているの……?」

 震える声で問いかけると、彼女は私と似たような笑い方をしました。

「だって私、カオリちゃんになりたいんだもの」

 嫌な予感がしました。私は父の葬儀のために地元に帰っている……私と同じ人生を歩みたいハルちゃんなら、もしかしたら自分の父親を殺してしまうのではないか、と。

 あれから私は、ハルちゃんのことを考えないように生きています。もしかしたら本当に父親を殺してしまったのかもとか、そんなことも考えないように意識しています。
 ですが、最近友人からこんな話を聞きました。

『ハルちゃんは周りに、“私のことはカオリと呼んで”と言っている』と。

 彼女はどこまで私をコピーし、私そのものになろうとしているのか……狂人の考えることは、私には理解できません。

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