怖い話

夜の学校で

小学校の先生って楽しい仕事だと思いますか?
子どもと勉強し、一緒に遊び、時には叱ったりしながらそれはそれは楽しい仕事だと思っていました。

でも、知らない人も多いかもしれませんが、先生って朝早くから夜遅くまで働くことが多い仕事なんです。
特に成績をつける時なんかは夜遅くまで残って仕事をしたりするんです。

あなたも夜遅くまで校舎に電気がついているのを見たことがあるでしょう?
先生の中でも若い先生は、作業や仕事に時間がかかって残ることが多いのです。

この話は、若かった頃に私が体験した話。

その日も私は、夜遅くまで残って仕事をしていました。
仕事はとても楽しくて嫌な気持ちは全然なかったんです。
職員室でカップラーメンを食べて、のんびりテストの丸つけをしていました。

私の学校は、地方都市の住宅街の中にあって夜はとても静かでした。
街の声も夜歩く人たちの声も全く聴こえないんです。

夏の時期でしたが、クーラーの効いた職員室は快適でした。
夜の11時を過ぎた頃だったと思います。
自分の教室に子どもの理科のテストを取りに行かないといけない用事を思い出して教室に行くため職員室を出ました。

夜の校舎が想像できますか?
多分、あなたが思っているより暗いんですよ。
昼間は子どもの声と日の光で明るい校舎と全くの別の場所です。
でもね、先生になると慣れてしまうんです。

いちいち廊下の電気なんてつけてられないんです。
住宅街にある校舎が11時に電気をつけていたら周りに住んでいる人にも迷惑ですしね。

三階の教室に行くのには必ず通らなければいけない教室が二つあります。
一つは音楽室。もう一つは社会科資料室でした。

社会科資料室って分かりますか?
社会の授業で使う地図や地球儀が置いてある教室です。
普段入ることはなかなかありませんね。

職員室を出て二階に向かう階段の途中では、夏なのにその日は、いつもより肌寒く感じました。
自分の足音が廊下に響きます。
とてもよく響くんです。廊下は長いですからね。

窓の外に住宅地の明かりが見えました。
廊下の突き当たりが音楽室でした。教室の中はもちろん真っ暗です。
ピアノがあるだろうという場所が影になっていました。

その教室を横切り三階へ向かう階段を上がります。
すると遠くから何か聴こえてきました。とても元気な声でした。

想像してください。びっくりするでしょう。
夜の校舎に響く声、でもね、そんなに珍しいことじゃないんです。

CDのつけ忘れなんです。昼間に歌でも歌ったんでしょう。
それをつけ忘れていただけなんです。

その時の気持ちは消しに行くのがめんどくさいなということくらいです。
音を辿って行くと音楽のかかっている教室はすぐに分かりました。
自分の担当する教室だったのです。

耳をすませてよく聴くと音楽は学校の校歌でした。
教室まであとすこしというところでした。音楽が途中で止まったんです。

時間も一緒に止まったような感覚でした。

歩く自分の足音が急に大きく聴こえました。
一歩、二歩と進むごとに自分の心臓の音も聴こえてくるようでした。

階段を上がった時よりもさらに周りの空気が冷たく感じました。
そうすると別の音が聴こえたんです。

最初は、勘違いだと思いました。だってそうでしょう、自分しかいないはずの夜の学校です。
「怖がっているだけだよ」自分にそう言い聞かせました。

でもね、どんどんと近付いてくるんです。
何かが動く音でした。例えるなら大きなビニールシートをこするような音でした。

「あっ、だめだ」と直感的に思いました。
廊下の先は行き止まりで後ろにある階段をこちらに向かってきているようでした。

一番近くの教室は、社会科資料室です。
何も考えることができませんでした。私は、その資料室に入ると息を潜めました。

音が近づいてきます。
一歩ずつ確実に近づいてくるのが分かりました。
顔を動かすこともできませんでした。

日本の関東地方を表す地図が目の前にありました。
暗くて地図に書かれていたはずの地名も読めませんでしたが、そのどこかも分からない場所から目をそらすこともできませんでした。

一歩、一歩また近づいてきます。
資料室の前で音が止まりました。

古い地図のカビ臭い香りが頭の先まで響いてきました。
どれくらい時間がたったでしょう。どこか遠くで救急車の音が聴こえてきて、私も顔を動かすことができるようになってきました。

驚いた猫のように教室を飛び出した私は、廊下を走って、職員室まで戻りました。一度も後ろを振り返ることはありませんでした。
全校舎の電気をつけると校舎中を見回りに行きました。

電気の付いた校舎はいつもと変わらず静かでした。
この話を聞いている皆さんは、そんな怖い思いをしたのにと不思議な気持ちかもしれませんが、私なりに職員としての責任を果たさなければならないという気持ちがあったのかもしれません。

音楽のなっていた教室にも入りましたがCDプレイヤーの電源はきれていました。それどころかコンセントも刺さっていませんでした。
教室の様子もいつもと変わりませんでした。

職員室に戻ると仕事をする気力の失せていた私は帰宅しました。
駅までの道がやけに短く感じたことを覚えています。

次の日、昨夜に起ったことを他の先生はじめ、誰にもに話すことはしませんでした。私の勘違いだと言われることが分かっているからです。
だってそうでしょう?学校の怪談みたいな話はみんな大好きですが信じている人は誰もいないからです。

その日の夜も私が最後に一人学校に残っていました。
仕事が多い時期だったんです。他の先生のことをすこし羨ましいと感じました。

その時は昨日の夜のことは忘れて、黙々と職員室で作業をしていました。
ふと昨日取り忘れたテストのことを思い出しました。

その時になって少し嫌な気持ちがしましたが、取りに行かない訳にも行きません。

仕方なく昨日と同じように階段を上がって行きました。
窓の外には街の明かりが見えました。
音楽室のピアノも昨日と同じ場所にありました。

社会科資料室の前まできたとき、不意に教室が開き、人が出てきました。
心臓が止まったかと思うくらい驚きましたがその人は副校長先生でした。

「あぁ○○先生、夜遅くまでお疲れ様です。」
と声をかけられ驚きましたが、普段と変わらぬ優しい姿に私も安心して挨拶をしたんです。

一言、二言会話をして教室のドアに手をかけた時でした。

「いらっしゃたのが昨日でなくてよかったですね。」
私は、そう言った声の主を振り返ることができなかったんです。

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