authorized by 浅倉喜織

子捨て山

私が子供の頃…今から随分前の話になりますね。小学4年生くらいだったと思います。夏休みに親戚の家に泊まりに行ったことがあるんです。
その場所はさすがに言えませんが、かなり田舎でした。山奥の村で、小さな集落でしたね。
父の遠縁の親戚の家がそこにあり、家族でお邪魔しました。
茅葺き屋根の大きな農家で、この集落の中でも偉いおうちだと父に言われました。
そこにはおばあさんとおじいさん、おばさんとおじさん、高校生のお兄さんが住んでいました。
都会からほぼ一日かけてやって来た私たち家族を、みんな温かく迎えてくれ、その日の夜は大宴会でした。
でもそういうのって、楽しいのは大人ばっかりなんですよね。父も母もお酒を飲んで村の大人たちと盛り上がってるし…子供の私は退屈でした。
宴会中、よっぽど退屈そうな顔をしていたのでしょうね。お兄さんが私に話しかけてくれました。

「大人ばっかりでつまんないんでしょ?ちょっと外を散歩してみようか。都会と違って、ここは涼しいよ」

私は大喜びでお兄さんと一緒に外に出ました。
お兄さんの言う通り、外はひんやりとした澄んだ空気が漂っており、都会よりもずっと涼しく感じました。
ビルや家々の明かりが無いせいか、空の星が一層輝いて見えます。生まれて初めて見た天の川に感動したのを覚えています。

「どうだい?星がすごいだろ。まさに星の海ってやつさ」

懐中電灯を持ったお兄さんが、弾んだ声で言いました。

「うん!すごい。こんな星空初めて見たよ」
「そうだろう?夏休みの自由研究、星についてやってみたらどうだい?」

確かに星空についての自由研究は魅力的でした。
こういった田舎の村ならではの自由研究と言えるでしょう。
しかし私は、ここに来る前から自由研究の題材をある程度決めていたのです。

「それも良いけど、自由研究は山の植物や虫についてやろうかなって思ってたの。都会だと虫がいないし、珍しい植物もないから」
「あぁ、なるほど。それもいいね。この村は山だらけだから、色んな虫がいるよ。でも、あっちの山にだけは入らないようにね」

そう言いながら、お兄さんは村の奥にある小高い山へと懐中電灯を向けました。
黒々とした山のシルエットは、他の山より不気味に見えました。

「あそこの山だけは道が整備されてないし、入るなって昔から言われてるんだ」
「大人と一緒でも駄目?」
「うん、駄目だよ。俺もガキの頃から言われてるんだ。あの山だけは、絶対に入るなってね。大人たちも近寄らない」

シルエットだけ見ると、他の山より低く見えました。何故入ってはいけないんだろう…頭の中に疑問符が浮かびましたが、お兄さんは「駄目だからね」と言うだけで詳しい理由までは話してくれません。
星空の下にそびえる黒い山を眺めながら、消えることの無い疑問符で頭の中をいっぱいにしていました。

翌日、おじいさんやおじさんたちは父を連れて村の仕事に出掛けて行きました。
母たちは家の仕事で忙しく、私は大きな家の中で一人、持ってきた算数ドリルを解いていました。
お兄さんに構ってもらおうと探しましたが、残念なことにお兄さんは部活の練習があり、朝から村を離れていました。
折角自然豊かな田舎に来たというのに、ドリルばかりでは意味が無い…でもやらないと母に叱られる。
嫌々問題を解いていると、あっという間にお昼になりました。おばさんの作った素麺を食べていると、母が言いました。

「午前中ちゃんと宿題やってたわね。午後は遊びに行ってもいいわよ」

その言葉が嬉しくて、素麺を流し込むように平らげました。

「ただし、夕方までに帰ること。村の奥にある山には絶対に入らないこと。いいわね?」
「うん、分かった。ねえ、なんであの山には入っちゃ駄目なの?」
「駄目なものは駄目なの」

大人はいっつもそればっかり。そう言い返したらまた叱られると思いましたので、何も言わずに家を出ました。

外に出ると、真夏の陽射しが降り注いでいました。
不思議なことに、ムッと噎せ返るような熱気は感じません。アスファルトが少ないのと、山に囲まれているせいでしょう。それほど暑さを感じません。
村の中にはたくさんの田んぼや畑があり、大人たちが仕事をしていました。
父たちの仕事を眺め、村の商店でアイスキャンディーを買い、食べながら川の方まで散歩しました。
山から流れてくる清水は、驚くほど冷たく、魚も泳いでいました。今度はこの川で泳いだり釣りをしたりしようと心に決め、川を離れてフラフラと村の中をうろつきました。
村の中を歩いて、私はあることに気付きました。
子供の姿が、まったく無いのです。
もっと遠くまで行けばいるのかもしれませんが、村のメインストリートや神社、川にも子供は一人もいません。
今は夏休みですから、学校に行ってて村から離れているとも考えられない。
田舎で人口が減っていると言っても、こんなに子供を見ないのは不自然です。
お兄さんが唯一の子供…?そんなわけないか、と思いながら歩いていると、いつの間にか村の奥に続く細道に立っていました。
民家もなく、畑も無い。細い細い砂利道が延びているだけの寂しい場所…。
その先にある山へと視線を向けました。
昨晩、お兄さんが説明してくれた山が、そびえていました。
夜に見た時は真っ黒で不気味に見えましたが、太陽の下で見るその山は、夜闇の中で見るのとは違った薄気味悪さを感じました。
他の山にある、夏の陽射しを受けてキラキラ光る緑の瑞々しさなど微塵もありません。
あるのは暗く、陰鬱な空気ばかり…。真夏だというのに寒々しさすら感じます。

なんだろう…変な感じがする…

しかし、その不気味さは私の好奇心を刺激しました。
お兄さんや大人たちが「入ってはいけない」と口酸っぱく言う場所です。言われると入りたくなるのが、子供心というもの。
少しだけ…奥深くに行かなければ大丈夫…。
周りに誰もいないことを確かめ、山へと続く細道を進んでいきました。

平坦だった道は次第に無くなり、緩やかな上り坂になっていきました。
整備されてないと言っていたお兄さんの言葉は本当でした。草が生い茂り、歩くたびに足にチクチクと刺さります。
いつの時代に作ったか分からない石段らしきものを、転ばないように慎重に上ると、山の傾斜に奇妙なものを見つけました。
小さな石を二つ重ねただけの、粗末なオブジェです。
それを見た瞬間、ぞわ…と寒気を感じました。
そのオブジェは、一つだけではありません。いくつも、数えるのが億劫なくらい並んでいたのです。
不格好な雪だるまのような石が、山の山の雰囲気をさらに薄気味悪くしているように思えました。

変な山…もう帰ろう…

来た道を戻ろうとした、その時。木々の隙間から山には不似合いな色彩を見つけました。
くすんだ赤い色が見えたのです。
なんだろう…と目を凝らすと、なんとそこに、女の子が立っていました。
驚いて、ひ!と声を上げると、女の子が木々の間を縫って出て来ました。

「お姉さん、だれ?」

掠れた小さな声で、彼女は言いました。
歳は5歳くらいでしょうか。黒いおかっぱ頭で、赤い着物を着ている子でした。
今時着物を着て遊んでるなんて珍しいな…と、女の子を見つめながら思いました。私の中で着物と言ったら、七五三や結婚式で花嫁が着るものというイメージがあったからです。

「お姉さん、だれ?」

女の子がまた口にしました。
私はハッとして、しどろもどろになりながら答えました。

「えっと、私…夏休みで都会から遊びに来てて…」
「村の人じゃないの?外の人なの?」
「そ、そう!何となく、この山が気になって入っちゃったの」

そうなんだ、お外の人なんだ…と静かに言って、女の子は笑いました。見たこともないほど、白い肌をしていました。

「私、ミカっていうの。お名前は?」
「あたし、サヨコ」

サヨコちゃん…この村で最初に会った子供です。
私より年下だけど、子供に会えたことが嬉しくなりました。

「うん、サヨコちゃんね。良かった。村は大人ばっかりで、子供がいなかったから退屈だったの。あの村、子供が本当にいないんだね。全然見ないもん」
「そうだね。あそこにはいないよ。あの村、子供がいないの」

サヨコちゃんの返した言葉は、どこか冷ややかでした。不味いこと言ったかな…と気まずくなりましたが、彼女は気にする素振りも見せず、笑顔で私の顔を覗き込みました。

「ねえ、あそぼ。ミカちゃんと遊びたい」
「うん、もちろんいいよ!」
「じゃあ、こっちに来て」

サヨコちゃんが案内してくれた場所は、山の中にある小さなお堂でした。まるで人形の家のように小さなものです。
子供の目にも全く管理されていないと分かるほど、そのお堂はボロボロでした。
しかしお堂の周りは開けていて、遊ぶには十分な広さがありました。
私とサヨコちゃんは、そこで木の実を集めたり枝でチャンバラをしたり、色んなことをして遊びました。
そうしているうちに、空気が冷たくなり、空も少しだけ暗くなって来ました。

「あ、大変。そろそろ帰らないと」

私が言うと、サヨコちゃんは寂しそうに言いました。

「ミカちゃん、帰っちゃうの?」
「ごめんね。夕方までに帰って来いってお母さんに言われてるんだ。また明日来るから」

私の言葉に、サヨコちゃんの表情は明るくなりました。そして小指を立てた手を前に差し出し…

「うん、絶対だよ?約束してね」
「うんうん。約束」

指きりげんまんをして、私はお堂を下りて行きました。途中振り返ると、サヨコちゃんはいつの間にかいなくなっていたのです。
手にはまだ、サヨコちゃんの冷たい小指の感触が残っていました。

その夜、私はお兄さんに村の子供がいないことについて聞いてみました。
ベッドで漫画を読みながら、お兄さんはこのように言いました。

「昔からこの村って子供が少ないんだよ。俺の同級生も数えるくらいしかいないし。ミカちゃんくらいの子はいないと思うな」
「どうして子供が少ないの?赤ちゃん生まれないの?」
「うーん…難しいこと聞くね。なんて言えばいいのかな。なかなか子供が生まれないんだよね。子供ってのは授かり物だから、頑張っても出来ない時は出来ないって感じなんだろうね」

困ったような顔をして、一生懸命言葉を選んで説明してくれましたが、子供の私にはなかなか理解できないものでした。
さらに問い詰めると、お兄さんは苦笑いをして「お子ちゃまにはまだ早い話だよ」とはぐらかしてしまいました。
どうも私には、お兄さんが何か隠しているような気がしてなりませんでした。
何を隠しているのだろう…今問い詰めたところで、お兄さんは何も語ってはくらないだろう。
モヤモヤとした気持ちを残して、お兄さんの部屋を出ていきました。

翌日から、私は午前中に宿題をし、午後に遊びに行く生活をしました。
行く場所はもちろん、サヨコちゃんのいる山です。
私が行くと、サヨコちゃんは大喜びで迎えてくれて、お堂の周りで遊んだり、木登りをして遊びました。
最初は二人だけだったのですが、さらに小さな男の子も遊びの仲間に加わりました。
コタロウという子で、3歳くらいの男の子でした。
このコタロウくんも着物を着ていました。そして、サヨコちゃんと同じくとても色白で冷たい手をしていたのです。
楽しく遊んでいましたが、私の中で疑問も浮かんで来ました。

この子たちは、どこのおうちの子なんだろう…

思えば、二人はいつも山の中にいます。家族の話もしなければ、私と一緒に帰ることもありません。
こんな鬱蒼とした不気味な山の中で、いつも遊んでいる小さな子供…冷静に考えてみると、とても奇妙な子供たちです。
でも私にとって、サヨコちゃんたちと遊ぶ時間はかけがえのないものでした。都会では味わえない楽しさを、身体中で感じることが出来たのです。
しかし、その時間もいつかは終わりを迎えます…

村に来て10日が過ぎた頃、私はいつものように山の中でサヨコちゃんたちと遊んでいました。この日は曇り空で、雨が降りだしそうな気配が漂っていました。
母やお兄さんから「雨が降る前に帰っておいで」と言われていたので、空が暗くなって来た頃にサヨコちゃんに言いました。

「雨が降りそう。私そろそろ帰るね」
「ミカちゃん、いつもより帰るの早いよ。もっと遊ぼうよ」
「ごめんね、駄目なんだ。お母さんに言われてるから」

またね、とお堂を下りようとした時、冷たい手が私の腕を掴みました。
コタロウくんです。

「おねえちゃん、あそぼ」
「コタロウくん…今度ね、今度にしよ。雨が降って来ちゃうよ」
「やだやだ。あそぼ、あそぼ」

困ったな、どうしよう…戸惑っていると、冷たい湿った風が吹きました。
その風が吹いた瞬間、ぞわぞわ…と体の奥から悪寒のようなものが走り、周囲に目を向けました。
目に飛び込んできた光景に、私は悲鳴を飲み込みました。

私の周りに、何人もの子供たちが音も無く立っていたのです。

くすんだ色の着物を着て、蝋のように白い肌で…それを見た瞬間、思いました。

“この世のものではない”と……

「ミカちゃん、みんな遊びたいんだよ。遊ぼうよ、ねえ、あそぼ」
「あそぼ、あそぼ」
「みんなであそぼ、あそぼ」

あそぼ…あそぼ…あそぼ…

呪詛のように響く子供たちの声…こちらへと近付いてくる不気味な足音…恐怖のあまり足がすくみ、逃げることすら出来ません。
私はその場にしゃがみこみ、ひぃひぃと喘ぐように泣きながら、頭を抱えました。

「ミカちゃん!ミカちゃん!」

聞き慣れた声が、私の耳に飛び込んで来ました。
お兄さんだ!お兄さんの声だ!
声のした方へ顔を向けると、傘を持ったお兄さんが息を切らしてこちらを見ていました。
そして私の周りには、サヨコちゃんも、コタロウくんも…たくさんの子供たちの姿もありませんでした。

お兄さんと山を下りた私は、家に戻る前にすべてをお兄さんに話しました。
勝手に山に入ったこと。サヨコちゃんとコタロウくんと毎日遊んでいたこと。
子供たちに囲まれて怖かったこと…
お兄さんは静かに私の話を聞いてくれて、ぽつりと言いました。

「あの山はね、子棄て山だったんだよ」
「子棄て山?」
「今よりずっと昔にね、作物が何も取れなくて食べ物が無くなった時に、人の数を減らすために子供を山に棄ててたんだよ」

子供でも分かるようにお兄さんは説明してくれました。
かつて村が飢饉に襲われた時、口減らしのために子供を山に棄てていた…殺して棄てていたのか、生きたまま置き去りにしたのかは分かりません。
どちらにせよ、子供たちは山の中でひっそりと死んでいったのでしょう。

「昔からあの山には、子供の霊がさまよっているって言われててさ。入った人が行方不明になることもあったんだよ。山の中で、石を重ねた変な置物あったでしょ?あれは地蔵のつもりで、昔の人が作ったらしいんだ。そういや前にミカちゃん、村に子供がいないの?って聞いてたよね」

私は小さく頷きました。お兄さんは低い声で、呟くように言いました。

「もしかしたら…だけどね、子棄てをしてきた呪いか何かなのかなって俺は思うんだよ。オカルト染みてて非現実的だけど、あの山にいる子供たち…サヨコちゃんやコタロウくんたちが、村人に子供を生ませまいとしてるのかもしれない」

その後私は両親と共に都会に帰り、あの村に行くことはありませんでした。
あれから10年以上の歳月が流れ、県の土地開発によりあの山は整備され、登山ブームに乗ってハイキングコースが出来たといいます。
過去に旅行用雑誌なんかで取り上げられていたのを見たことがあります。
お兄さんたちが住んでいた村は、人口の減少により他の市町村と合併し、農業も前ほど盛んでは無くなりました。
中には古い民家を改築してカフェや民宿に転身した人もいるそうです。
あの山がどんな山かはさておき、元々豊かな山でしたので、四季折々の美しい風景で登山客を楽しませているのでしょう。

大人になった今も、お兄さんとは電話や手紙でやり取りをしていて、近況を報告したりしています。
先日お兄さんから届いた手紙に、こんなことが書かれていました。

『俺も結婚したし、もうこの土地を出てよそで暮らそうと思っています。先日、妻が流産しました。原因不明の不妊の末、やっと出来た子供だったため、夫婦共に落ち込んでいます。両親には話してませんが、流産はこれが初めてではありません。
妻は流産する前の夜、赤い着物の女の子の夢を見たと言っていました。
ミカちゃん、昔俺と話したこと覚えてますか?
やはりここは、呪われているのかもしれない…子を棄ててきた村人への祟りなのだろうか』

サヨコちゃんたちは、今もあの山にいるのでしょう……
ハイキングが楽しめるようになった今、あの子たちを見た人は、私だけじゃないかもしれません…



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